ゆるい議論

apkz2004-03-11


「ゆるい議論」を続ければサイトの人気が上がるのではないか、とかくだらないことを思つた。世の中には「口出ししたくてウズウズしてる人」と云ふのはたくさんゐらつしやるはずなので、ゆるい議論を展開すれば、さういふ「口出ししたい人」が続々と集結するのではなからうか。

それは「人気」とは言はんだらう。

趣味

HTML やら CSS やらの仕様書を読み下すのは、とても楽しかつた。でも実はもう飽きてしまつた。文字コードも、ユニコードが本流になつてからは、「質よりも量」みたいに思へて、少し気力が失せてきた。そのぶん仕事が忙しくなつたのだけど、趣味として耐え得るほど魅力を感じない。

趣味がないと、生活が疲れてくる。

あ、でも、近所の図書館のリサイクルコーナーで旧字の書籍を大量に入手したな。これを読破しよう。うん、これは楽しさうだ。

リンクもらつた

徳保さんからリンクをいただきました(→リンク元からいくつかご紹介)。びつくり。リンクいただいてしまつたので真面目に書いてみます。先日の(→3 月 10 日)は真面目ぢやなかつたのか、と言はれると、ええそのとほりです、エツヘン。

私は、ウェブは無法地帯でいいんぢやないかと思ふ。きちんと組織の看板を背負つてる「専門家」もゐるだらうし、無茶苦茶で駄目駄目な自称「専門家」もゐるだらうと思ふ。さういふのがウェブの特徴だと思ふ。良くも悪くも。

きちんとした情報「だけ」を得たい人は(ノイズ混入を許せない人は)、それなりの学会誌なり書籍なり雑誌なり云々なりを読めばいいんぢやないかと思ふ。

逆に言ふと、それなりの書籍や雑誌においては、きちんとした組織の裏付けのもとで、きちんとした情報を発信して欲しいと思ふ。だから街の書店で HTML や CSS の滅茶苦茶な解説書が、それなりの体裁で出版されてゐるのを見ると腹が立つ。

ウェブは別に、駄目駄目な情報が流れてても構はないんぢやないかなあ。もともと無償の情報なんだし、駄目で当然と思ふ。ウェブに駄目な情報が流れたくらゐで駄目になる業界なら、そんなの駄目になつてしまへと思ふ。

TeX はバッドノウハウか?

(3/22 追記)さらに書き直しました。→バッドノウハウと TeX と書籍組版

(3/16 追記)論点が不明瞭なので、→バッドノウハウについて、ふたたびに書き直しました。

今頃になつてやうやく「バッドノウハウ」と云ふ言葉を知る。少し長いけど負けずに、→バッドノウハウと「奥が深い症候群」より引用。

バッドノウハウは、ソフトウェアの複雑怪奇な仕様が歴史的に引きずられ、根本的な改善は行われないまま、そのノウハウが文書によって受け継がれることによって蓄積が進行する。Unix 上で広く使われているツールとしてはTeX, Emacs, sendmail, bind, perl, gnuplot, procmail などは、役に立つツールであると同時に、その複雑怪奇な仕様によって長年に渡ってユーザを苦しめ続け、バッドノウハウの温床として悪名が名高い。

ここで、バッドノウハウの実例として TeX が挙げられてゐる。これには少し補足が必要だと思ふ。

TeX は、書籍の組版にも耐え得る高度な組版ソフトとして設計されてゐる。書籍の組版と云ふのは、そこらの安易なワープロソフトとは根本的に異なる世界だ。

まづ、ルールの数が異様に多い。有名どころでは、シカゴ大学出版局の組版ルール、いはゆる「Chicago Rule」は、968 ページもある(ISBN:0226104036)。

そしてこの多数のルールを、数百〜数千ページもの原稿(表や図版も含まれる)に対して、個別に指定する必要がある。

あとひとつ、組版処理は、修正(校正)が入るたびに最初から全部やり直す必要があるので、バッチ処理となる。数千ページの原稿に対して、修正(校正)のたびにインタラクティブな指定を行なふなんてあり得ない。つまり、すべての組版ルール指定は、事前に確実に行なつておく必要がある。

要約すると、多種多様のルールを記述でき、数千ページもの原稿データをハンドリング可能で、完全なバッチ処理システムである必要がある。あんまり要約できてない。

まあともかく、このやうな特徴を持つ「組版」と云ふタスクのためのツールとしては、TeX は、十分にエレガントなものだと思ふ。TeXバッドノウハウ呼ばはりできるのは、組版と云ふタスクの困難さを知らないからだと思ふ。

そりやあ確かに、ワープロ代はりに使はうとしてゐる人から見れば、TeX はひどいツールだと思ふ。でもそんなのつて、F1 の車で公道を走つて「運転しにくいから駄目だ」と言つてるやうなものだと思ふ。

(3/16 追記)論点が不明瞭なので、→バッドノウハウについて、ふたたびに書き直しました。